世界を牽引する弦とアクセサリーのメーカーであるアーニーボールは、1962年からずっと高品質なエレキギター弦とベースギター弦を作り続けています。ポール・マッカートニー、キース・リチャーズ、エリック・クラプトン、スラッシュ、ジミー・ペイジ、バディ・ガイといったワールドクラスのプレイヤー達が、アーニーボール弦を愛用し、彼ら独自のサウンドを作り上げています。私たちは、継続的にあなたの演奏経験を高め、並ぶもののない多様な表現の選択肢を提供し続けるために、最新の技術と最高の素材を使用しているのです。
アーニーがアリゾナに住んでいた頃、彼はラジオでレオ・フェンダーというソリッド・ボディのエレキギターとスティール・ギターを作っているリペアマンの事を知りました。彼は、すぐにフラートンへ赴き、レオ・フェンダーに会い、意気投合したのです。アーニーは、レオ・フェンダーの持っているヴィジョンが素晴らしいものだと考えました。その時から、レオ・フェンダーの作るギターのベータテストを受けるようになり、エンドーサーになったのです。
アーニー・ボールの正式なエンドーサー・フォト。
アーニーは、音楽教室を開講し、生徒をプロ・ギタリストにすることを目指したギター・レッスンを始めました。若い生徒たちを教えていく中で、彼は太いゲージの弦では、ベンディング(またはチョーキング)したり、ギターコードを押さえたりすることが難しいことに気が付きました。
この写真は、カリフォルニア州のターザーナにオープンした彼の最初のお店の中で撮影された写真です。
1950年代中盤、アーニーは世界初となるエレキギター・ストアをオープンしました。しかし、その新しいビジネスは当初なかなか受け入れられず、周囲の人々から破産してしまうと警告されるほどでした。けれども、彼は新たに店を出し続け、そのたびに何よりもまず自分のお金を使いました。1958年になって、遂に状況が好転し始めました。
アーニーは、ビジネスを拡大させ、ドラムの販売を始めました。
ロックンロール・ギター・アクセサリーは瞬く間に話題となり、アーニーの存在が急速な産業の成長に密接に結び付きました。
アーニーは、世界中をツアーで回るミュージシャンのためのカスタム・ストリング・ゲージを開発し、スリンキー・シリーズが正式に誕生しました。
アーニーは、当時話題となったゼロックス・コピー機の広告宣伝にも登場しました。
アーニーは、弦とアクセサリーのビジネスに集中するために、小売店を閉め、カリフォルニア州のニューポート・ビーチへ引っ越しました。彼のギター・ビジネスは、ここからさらに進化を遂げていきました。
スターリン・ボールは、わずか9歳のころからこのファミリー・ビジネスに関わり、放課後や週末にはレジ打ちや弦のパッキングなどを手伝っていたのです。大の音楽一家の一員として、スターリンは、幼いころからベースとギターを手に取って、ロサンゼルス周辺で活動していた数多くのバンドに参加しました。早い段階で音楽に携わったことは、後に一生涯続く音楽ビジネスのキャリアを築くことにつながり、そして、とりわけレオ・フェンダーの新しいベースであった”Music Man StingRay”のベータテスターになれたことにもつながりました。
1971年にギター・センターが初めてアーニーボールの商品を地元ハリウッド店のプロモーションのために仕入れました。現在、世界に260店舗以上もあるギター・センターは、売出し中のミュージシャンに世界各地のコンサートステージ上でパフォーマンスをする機会を与える多くのプロモーション活動をアーニーボールと共に続けています。
NAMMショーの会場で撮影したデイビット・ボール、アーニー・ボール、トム・ウォーカーの3ショット・フォト。トムは、アーニーのギター・ショップを担当していたフェンダーの西海岸地区のセールスマンであったことから、彼とは早期から面識がありました。彼らは親友と言える間側で、それはトムがアーニーからスターリンの教父になってほしいと頼まれるほどでした。70年代の始めに、やがてはミュージックマンのアンプの道筋を作ることになった新しいプリアンプ・サーキットをトムはデザインしました。1972年に、トム・ウォーカーとレオ・フェンダー、フォレスト・ホワイトは、ミュージックマンを立ち上げ、その会社は1984年にアーニーボールによって買い取られることになったのです。
アースウッド・アコースティック・ベースが作られ、初めてエンドユーザーの元に渡りました。
1973年の始めに、スターリンは巡回販売の担当者としてチームに参加すること、そして発展中の会社に完全に身を投じることを決めました。その時、スターリンはセールスマネージャーに「私に先行投資として1か月の時間とガスカード(車のガソリン代)、そして外に止まっていてずっと使われていない古いシボレーをください。給料は、私が販売した分だけ結構で、もしそれが先行投資の分に及ばない場合は、私を首にしてください。」と言いました。言うまでもないことですが、スターリンは、その年のセールス・レコードを叩き出し、それ以降、成績が下がることはなかったのです。
アーニーボールは、本社をカリフォルニア州のサンルイスオビスポへ移しました。弦とアースウッドの生産施設もそろって、その年の3月に引っ越しています。
アーニーボールは、力強さと安定性を加えるため、弦のボールエンド部にブラス・ワイヤーをタイトに巻き付けたRPSスリンキーを市場に投入し、瞬く間にアーティストからの支持を集めました。
初めてのアーニーボール・バトル・オブ・バンドがサンフランシスコのワープドツアー・バスで開催されました。1回目は18か所を回り、ケヴィン・ライマンとワープドツアーとの長きにわたる信頼関係を築きました。
アーニーボール・バスは、アーニーボールのオープンハウスでお披露目となりました。このバスは、大量のアーニーボール製品と共に、お客様に試してもらうために最高のアーニーボール・ミュージックマンのギターを載せて、アメリカ中のディーラーを訪ねて回りました。
アーニーボールのモバイル・ステージ(MS1)がお披露目となりました。モバイル・ステージは、引く手あまたの持ち運び可能な会場施設の一つでした。毎年、数万人のコンサートへ良く足を運ぶ人たちが、ワープドツアーでのアーニーボールのステージで、その時まさにホットなバンドの演奏を聞きに訪れています。
この写真は、Vans ワープド・ツアーのアーニーボールのモバイル・ステージの様子を写した航空写真です。バトル・オブ・バンドは、毎年の夏に500以上のバンドにアーニーボール・ステージでパフォーマンスをするチャンスを与え、battleofthebands.comのウェブページで25,000にも及ぶバンドのプロフィールをアップしています。battleofthebands.com
アメリカ国内でサイオン・ツアーを行い、ディーラーを巡り、道中のすべての道路沿いのアトラクションに立ち寄りました。ディーラーとエンドユーザーは、最新の特設ブログや写真をチェックすることで、オンラインでサイオンがたどった軌跡をトレースすることができ、また次にどこへ向かうのかを知ることができました。
BeefyとNot Evenのセットがスリンキーのラインアップに加わりました。若いプレイヤーのニーズをキャッチして、より細く、ずっしりしたトーンを実現しつつ、DやドロップD、C#といったモダンなチューニングにも対応できるセットとして、ブライアン・ボールが作りあげました。より細いコアとラップ・コンビネーションのBeefyとNot Evenは、弦を演奏可能な状態で維持するのに必要なテンションを増加させてくれます。
1台目のモバイル・ステージによって形成された高い需要に応えて、アーニーボールは2台目のモバイル・ステージ(MS2)を発表しました。これは、ワープドツアーのメイン・ステージとして活躍しています。
エレメント・シールド・パッケージが幅広い産業からの称賛と共に発表されました。ブライアン・ボールが指揮を執ったこの新しいパッケージは、弦をそれが製造された時とできるだけ同じフレッシュな状態で保つことを目指したものでした。「私たちは、小売店に対する商業的なアピールを高めるとともに、お客様に可能な限り、絶対的にフレッシュな弦をお届けしたかったのです」エレメント・シールド・パッケージはまた、偽造対策としても優秀であることが証明されました。
新しくコーテッド・アコースティック・スリンキーとコーテッド・エレクトリック・スリンキーが2008年のサマー NAMMショーで発表になりました。新しいコーテッド・スリンキーのプレーン弦には、弦の破損を防ぎ、チューニングの安定性を高めるために、チタニウムによるレインフォースド・テクノロジーが採用されています。
アルミニウム・ブロンズのアコースティック・ギター弦は、従来のブロンズ弦の音色より明瞭で透明感があり、それに加えて腐食に対する耐性が一段と高まりました。 アコースティック・ギター弦に適した配合で銅とアルミニウムを仕立てました。
アーニーの孫であるブライアン・ボールが社長就任。CEO のスターリン・ボール氏からのコメントは、「1962年以来、アーニーボール社はアーティスト達にツールを提供することに打ち込んできました。これから50数年の将来、ブライアンのリーダシップの下でこの業界に何をもたらしてくれるか非常に楽しみにしています。」
アーニーボールは『#プレイ・スリンキー』キャンペーンを実施し、世界の名だたるギタリストの中からアーニーボール・ユーザーであるエリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、キース・リチャーズ、スラッシュ等々をフィーチャーしました。また多くのアーニーボール・ファンが製作した『#プレイ・スリンキー』広告動画をEBホームページにアップしました。
アーニーボール・スリンキー・フラットワウンド・ベース弦は、従来のフラット弦が持つ滑らかなスムーズな弾き心地と、モダンなコバルトのパワフルさを併せ持つ製品です。この全く新しい革新的な ベース弦は,フラットワウンド弦のシルクのような滑らかさと、ラウンド弦のトーンを兼ね備えます。
アーニーボールは、バンドにライブができる機会を提供するワープド・ツアーとパートナーを組み20周年になりました。この 長年続いた『バトル・オブ・ザ・バンド』と称する企画は、2016年に「アーニーボール: プレー・ワープド・ツアー」と改名され、バンドに対して4万ドルの懸賞金や賞品、更にニュー・ファウンド・グローリー(バンド)のチャド・ギルバートとのEP3曲、そしてワープド・メイン・ステージでの演奏と言った特典を提供しました。
「素晴らしい弦でも、粗悪品のアンプやS字に反ったネックのギター、お粗末な室内音響を直すことはできません。しかし、これらのような要素がすべて整った時、弦は肝心かなめな要素になるのです。そして、それこそが我々がこの世界に入った理由なのです。我々は、「常に安定した弦」「高品質の弦」「リーズナブルなプライス」といったギタリスト達からの声に応え続けなければならない。」アーニー・ボール